TORG『逃げてきた黒天使』サイドストーリー

「The Gambling Angel」

 

恋に落ちるのは一種の賭けだ。
It's a gamble to fall in love.
 

1.

「俺は今回、お前を手伝うつもりだ。詳しい仕事の話をしよう」
 克己(かつみ)、いいえ、野蛮な戦士マキシミリアンは、私にこう言った。
 あまりにも見え透いた嘘。
 

 けれど・・・私は思った。
 せっかく手伝うと言っているのだから、利用させてもらいましょう。
 彼の強さは本物だ。
 虎長の企業忍者を一撃で倒してしまうなんて、正直言って驚いた。
 きっと、目的地に着くまでボディガードとして充分役立ってくれる。
 

2.

 念のため、探りを入れてみることにした。
「貴方の請けている仕事って、産業スパイを捜して、突き出すことよね」
「ああ。けどお前を突き出すようなことはしないさ」
「どうして?」
「それは・・・お前のことが好きだからだ」
 思わず私は笑みを浮かべていた。昔と全く変わっていない。
 単純で、一直線で、情に弱い。
「・・・ありがと。私も好きよ」
 貴方みたいな、扱いやすい男性(ひと)は大好き。
 

「でもね、もう殆ど仕上げの段階まで来ているの」彼の表情が曇る。
 しばらく黙った後、彼は真っ直ぐ私を見据えて、こう言った。
「もし俺がお前の仕事を止めることができたなら、俺と一緒に来てくれ」
 

 私は、少し呆気にとられてしまった。
 何故なら彼は、自ら嘘をついたことを認めたんですもの。
 さっき私の仕事を手伝うと言ったのに、今度は仕事を止める気だと言う。
 まったく、笑ってしまうほど単純だわ。
 

「それとも、自信がないのか?」
 彼は挑発的に微笑んでみせた。へえ、こんな表情をすることもあるんだ。
「いいわ。その賭け、乗りましょう」
「俺は絶対、お前を止めてみせる。それじゃあ、また明日」
 

 ここで仲間のところへ引き返されたら、私の計画が水の泡になってしまう。
 そうはさせないわ。
「・・・克己!」
 私は、昔のように彼の名を呼び、彼の背中へ抱きついた。
 彼が全身を強ばらせるのが判った。そのまま彼は向き直り、私に口づけた。
 

3.

 ベッドルームの明かりの下で、彼は、昔の話を色々とした。
 会えなかった間、話したいことが余程沢山あったのだろう。
 彼が眠りに落ちるまで、長い時間が掛かった。
 

 不意に、彼の提示した「賭け」の内容が頭をよぎった。
『もし俺がお前の仕事を止めることができたなら、俺と一緒に来てくれ』
 彼は、金輪方のスパイである私に、足を洗うよう望んでいる。
 私が彼と一緒に行くということは、すなわちそういうことだ。
 以前再会した時にも、同じやり取りがあった。
 私と貴方の生き方は違う・・・あの時私はそう言って話を打ち切った。
 けれど、彼はまだ諦めていなかったのだ。
 

 私の胸に、奇妙な感情が生まれた。
 このまま彼を伴ってフランスへ行けば、彼は仲間から追われる身となる。
 スパイの私と一緒なのだ。捕まったら間違いなく殺されるだろう。
 

 克己を殺させたくない!
 この仕事で死ぬのは、私一人で充分だ。
 

「さよなら」
 私は小さく呟くと、もう一度、克の額にキスをした。
 そして手早く荷物をまとめ、航空券を手にマンションを出た。
 

4.

 洗面所の鏡に手掛かりを残したのは、ちょっとした賭けだった。
 もし克己が私を追って来てくれるなら・・・仕事を止めてくれるなら、
 その時は、別の生き方を選択してみてもいいと思う。
 けれど、奇跡でも起きない限り、もう二度と会えないでしょうね。
 私がこれから向かう仕事場は、それだけシビアなところだから。
 

 さよなら・・・克己。
 

[Fin.]


Diary 2004 February

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