Eternal Smile > I Have No Mouth, and I Must Scream
 

第四幕

 
シーン１（承前）

　フリオさんはエリスの手を取り、ベヒモスから距離を置いた。
「きみは昨日、ひとつ間違ったことを言っていた。きみのお父さんは、きみのことを嫌いなんかじゃない。ネガティブな感情に囚われていたら、後ろを向くことになってしまう。きみに似合うのは、輝く未来、輝く笑顔だ」
「どうして突然、そんなこと言うんですか？」
「あそこにいるのは、きみのお父さんだ」

　アイドルであることを一瞬忘れ、恐慌状態に陥りそうになったエリスの口を、フリオさんは、唇で塞いだ。

「僕たちはあの中から、きみのお父さんを助けたい。しかし彼には、僕たちの呼び掛けは届かない。お父さんに戻ってきてほしいという、きみの本当の言葉が、必要なんだ」

　眼差しと言葉に込められた、フリオさんの誠意を、エリスは感じ取った。
「私は、母がどれだけ立派な人だったか、私がどれだけ立派になったか、教えたいんです。だから、私は父に、会いたいです」
　そして彼女はベヒモスに向き直り、歌を歌い始めた。彼女はアイドルだから、気持ちは歌で伝えるということみたい。
 

　さあ、今度は私が、誠意を示す番だ。回線をオープンにし、きっとどこかで聞いているであろうカリーナへ呼び掛けた。

「貴女は今もまだ、この世界に復讐したい？
　私は、エリスから、家族のように大切なマネージャーを奪う真似はしたくない。だから訊きたいの。貴女は、それでもレイとの愛に殉じたい？　この、見方によっては希望に満ちてるかもしれない世界で、新しい幸せを掴んでみたいとは思わない？」

　カリーナには居場所がある。自分の居場所で、もう一度幸せになろうとすることは、誰にでも等しく許された権利だ。少なくとも私はそう思う。嘘偽りのない、素直な気持ちを声に乗せた。
 

「こいつは人だ。こいつを斬るのはストームナイトの役目ではない。助ける方法がきっとあるはずだ。・・・見えた！」
　神崎さんは短く瞑想し、ベヒモスの閉ざされた口の真ん中を、妖刀で貫いた。
　元がデジタルデータだったベヒモスは、声も出さずに消滅した。いや、中からレイ・ハーソンの魂を収めたチップが抜き取られるのと同時に、エリスの名を叫ぶ声を聞いた気がした。
 

　カリーナが、幽鬼のように私の前に現れた。
「あたしは、他人の幸せを妬んで足を引っ張るような、みっともない女にだけはなりたくないの。引き際は、わきまえなきゃね」

　彼女は奥歯に仕込んだ毒カプセルを噛んだ。
　馬鹿なことを！　死んで終わりだなんて、そんなの悲しすぎるじゃない！
　私は急いで救急隊を手配した。
 

Epilogue

「秋穂・・・。負けちゃったけど、あなたの方が、レイを幸せにできるはず」
　カリーナがうわごとのように言った。
「エリス・・・。あなたはもっと先に、行ける子だから。あなたのマネージャー業やるのも、結構楽しかった・・・」

　幸い、カリーナは一命を取り留めた。
　彼女は、隠れ家の中に、冷凍保存されたレイ・ハーソンの肉体を大切に持っていた。サイバー教皇領のダブルスパイとして活動していた彼女が、取引の結果手に入れたものだった。

　その肉体を渡してもらうことで、私の彼女への復讐は終わった。
 

　神崎さんは、新しい目的を見つけたと言って、マルセルと一緒に旅立った。彼の手には、地獄から助け出した１００人余の魂が収められたチップが握られていた。どこか然るべき場所に、その人たちの肉体が保管されているに違いない、と思ったようだ。

　私は、マルセルが残した手順書に従って、レイ・ハーソンの魂をチップから肉体に写した。
 

　瞳を開いた彼に、フリオさんが言った。
「さあ、新しい服を着て、この薔薇の花束を持って、娘に会いに行け。そして、１０数年分の娘不孝を穴埋めしろ」

　イタリアの男性はみんなこうなのかしら。あまりにキザなものだから、私は思わず、穴が空くほどフリオさんの顔を見つめてしまった。
「フリオさん。私はあなたを尊敬します」
「さて、何のことやら。僕はただ、好きな女性に全力でアタックしただけだよ」
 

　限りなく今に近い未来………
　今夜、あるいは明朝、さもなければ来週……ほんの少しだけ未来の物語
 

　TORG Play Report『I Have No Mouth, and I Must Scream』 Fin.
 

---Thanx a lot for your reading! Old love will not be forgotten.
 

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